悪性リンパ腫入院2006年5月

2006年5月11日

午前中の外来診療を終えて、一旦家に戻り、入院準備をして午後から入院することになりました。
早速、骨髄への浸潤がないか調べるための検査が行われました。うつ伏せに寝て、まず腰に麻酔をします。そして背骨と背骨の間に注射針をグリグリと刺し込んで骨髄液を抜き取ります。噂には聞いたことがあったけれど、これはかなり痛かったようです。骨髄液採取後は約2時間、ベッドで絶対安静でした。
その後、CT撮影がありました。一昨日、上半身の撮影をしたけれど、今日は下半身の撮影をしました。下半身への転移も認められず、抜き取った骨髄液もきれい(骨髄への転移もなし)だったそうです。

骨髄とは、骨の中心にあるスポンジのような組織で、白血球、赤血球、血小板が、ここで休むことなく造られています。骨髄には、これらの血球のもとになる造血幹細胞が含まれています。

2006年5月12日

今日から点滴が開始されました。抗がん剤を投与する前の、予備的なものだ思われます。
朝1番に胃カメラがありました。胃も何もなく無事でしたが、ポリープが見つかったので、切り取ったようです。午後からは髄液の検査が行われました。採取方法は昨日の骨髄液とほぼ同じだったようです。同じく採取後2時間は安静でした。母はベッドでグッタリしていました。今日もかなりの苦痛を味わったようです。

髄液とは脳や脊髄の周りに流れていて、保護、栄養、代謝などの役割をしています。クッション機能(水の中の豆腐のような状態)により脳や脊椎を保護しています。髄液が循環することによって、脳が必要とする栄養や酸素を運んだり、老廃物を流したりする代謝の役割を果たしています。

化学療法1クール目

2006年5月13日

今日から化学療法が始まりました。悪性リンパ腫の標準的治療であるCHOP療法です。『着色料を使ってます!』と言わんばかりの赤い色の薬(アドリアマイシン)が点滴にぶら下がっていました。
驚いたことに、開始してまだ数分足らずなのに顔の腫れ(腫瘍の部分ではなく水が溜まっているところ)がぐんぐん引いていくのが分かるのです。 これは効いている!これなら・・・誰もがそう思いました。

母の主治医から今後の治療計画について話がありました。実は最終的にB細胞性ではなく、T細胞性であることが分かったそうです。特効薬のリツキシマブは使えない・・・もしかして治らないの?正直ショックでした。でも『治る可能性は充分ある』という主治医の言葉に救われました。この言葉を信じて闘うしかありません。

今後、化学療法を6回する予定らしいです。状況によっては放射線療法、移植を検討するそうです。母の場合、病巣が限局しているにもかかわらず、なぜ今すぐに、放射線療法をしないのかというと、顔に放射線を当てることにより将来的に目に障害(白内障)が起こる可能性があるからです。

2006年5月14日

昨日から始まった化学療法、今日もみるみる効果があがっていました。昨日よりさらに腫れが引いてました。
抗がん剤投与後は腎臓に負担がかからないようにするために、尿量の測定があり、徹底的に管理されます。もともと頻尿の母は、尿量が少ないので、意識的に水分を取るように努めました。それでもなかなか増えないようだったので、点滴で水分補給をしました。

余談ですが、抗がん剤投与後はしばらく薬の色をした尿が出るようです。知らなかった母はかなり驚いたみたいです。

2006年5月15日

とうとう副作用が現れ始めました。昨夜、就寝中に突然、発熱と吐き気と頭痛と手の痺れが起こったようです。今日も腫れは順調に引いていってます。

2006年5月16日

副作用が強くなってきたようです。朝から顔色が悪く、ダルそうでした。今日は口の中(舌?)が痺れると言っていました。

2006年5月19日

頻尿の母、点滴を追加されているせいで、尿量は順調のようですが、トイレ通いが大変なようです。
大部屋なので廊下を歩いてトイレまで行かないといけないのですが、トイレに行って戻って、 測定表に尿量を記入したと思ったら、すぐにまたトイレにいきたくなるようです。

副作用でだいぶん体力的にダメージを受けているみたいで、トイレに行くのもかなりしんどいけれど、自分の足で歩いて行きたくて、頑張っていたけれど、とうとう倒れてしまいました。

2006年5月21日

病院って、年から年中、看護師さんが半袖だったり、快適な温度に設定されていると思うんだけど、母には寒くて仕方ないようです。元々寒がりな母、南国生まれなので、山陰の気候は合わない・・・というのもあるけれど、体調に何か関係ありそうです。ベストを買って、送ってあげることにしました。

白血球減少

2006年5月23日

白血球の数が減りました。700くらいしかないようです。マスクを使ったり、手洗いをしっかりしたり、など対処が必要なようです。正常な白血球数は3500~9000くらいらしいので(多くても少なくても問題)、昨日から白血球数を上げるための注射(G-CSF)をしています。
こんな状況の場合には、とても対処できないでしょうけれど、バナナや淡色野菜(にんにく、しそ、玉ねぎ、しょうが、キャベツなど)は白血球数を増やす食品らしいです。

2006年5月24日

白血球が1200に増えました。27日には予定通り、化学療法の2クール目に入れそうです。

脱毛対策

2006年5月25日

CHOP療法1クール目の12日目になりました。そろそろ脱毛が始まりそうです。 母は髪をベリーショート(ほぼ丸坊主)にしました。
眉毛もまつ毛も体中の毛という毛は全て抜けてしまうそうです。頭髪は帽子やかつら、眉毛はアイブロー、対策はありそうですが、まつ毛はどうなんだろう。まつ毛の無い顔って想像し難いです。

化学療法2クール目

2006年5月26日

今朝の採血で白血球は6100まで増えました。正常範囲です。予定を1日早めて、今日の午後から2クール目に入ることになりました。
今回は、CHOP療法は行いません。1クール目で行ったCHOP療法は副作用がかなりひどかったにも関わらず、投与直後はガン細胞に効果があるように見えましたが、数日経つと復活(抵抗)していたのです。1度は引き始めた腫れが、また戻り始めていました。つまり強い抵抗性で効かなかったということになります。

今回もCHOP療法と同様に標準的治療が行われることになりました。今度の薬はスカイブルーらしいです(名前が分かりません)。なので、尿も青色に。まるでオムツのCMのようだと母は言っていました。

2006年5月27日

とうとう髪の毛が抜け始めたようです。抗がん剤投与から1日経ちましたが、今のところは副作用を感じていないようです。

母の姉たち

2006年5月28日

母は悪性リンパ腫であることを、余計な心配をさせたくないという理由から、親や姉弟に隠していました。しかし、当初(B細胞性と言われていた頃)2~3週間の予定だった入院が長引きそうなので、とうとう打ち明けました。それが昨日の午後のことです。
伯母(母の姉)たちは、連絡を受けて数時間後には遥々高知から6時間かけて駆けつけてくれました。深夜になって、島根に到着。その日は家に泊まり、翌朝、母のいる病院にお見舞いに行ってくれました。もちろん母は伯母たちが来ているなんて、知らなかったので、それはそれは驚いたことでしょう。そしてとても嬉しかったと思います。
伯母たちは母に会うと、またすぐに四国へ帰って行ったようです。伯母たちの行動力、パワーには脱帽です。

2006年5月31日

2週間ぶりに帰省しました。美味しそうなパンが食べたいという母の要望に応えて、パンを買って行きました。2クール目の6日目になった母、その時は腫れも赤味も良くなっているように見えましたが・・。

脱毛はかなり進みました。もう、毛4:地肌6くらいになりました。ベッドから起き上がった時に、布団に髪の毛がベッタリ張り付いていたり、抜けた毛が襟の中に入ってチクチクすると言っていました。
ガムテープで掃除するのも大変らしく、もう全部抜けてしまった方が良いと言っていました。私が試しに髪を引っ張ってみると、何の抵抗もなく、ゴッソリ毛束が取れました。

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