悪性リンパ腫の発病2006年2~4月

目に感じた異変

2006年2月上旬

兄夫婦が2年ぶりに帰省するというので、私たち家族もそれに合わせて帰省しました。 母はその時、『最近、右目がおかしい。ゴロゴロするような、痛いような。ドライアイかな?でもいつものドライアイとはちょっと違うような気がする。』と言っていました。 私もそうなんですが、母も目が大きい方なので、よくドライアイになり、開業医の眼科のお世話になっていました。もちろんその時は、体調など特に問題はなく、兄夫婦や私の家族と一緒に出掛けたりしていました。

それからしばらく経っても、目の異変は良くならないので、いつもの眼科を受診したようです。そして診断の結果、やはり【ドライアイ】と言われ、目薬が処方されました。いつもなら目薬で症状が落ち着くのですが、その時は落ち着くどころか、だんだんひどくなっていきました。

2006年2月下旬

その後も母は何度か眼科に足を運んだのですが、症状が良くならないので、『これはドライアイじゃない』と思い、総合病院の眼科を受診しました。現在、母が入院している病院です。しかし、ここでも何が原因で目に違和感があるのか、すぐに特定することができず、目薬などが処方されていました。

この頃から目の周りが少しずつ腫れ始めました。眼科医に『少し腫れてきたんですけど…』と言ったこともあるらしいのですが、ごくわずかな腫れだったので、『そう?』くらいにしか言われなかったそうです。
私はこの頃の母の顔は見ていないのですが、近所の親しい方の話によると、やはりこの頃から少しずつ腫れ始めていたようです。よ~く見ると腫れているという程度だったそうですが。

腫れ始めた

2006年3月

医師が見ても腫れが確認できるようになってきました。腫れているのは、右の目頭から下目蓋にかけてのところです。しかしまだこの病気の正体は分からず、目薬と抗生物質が処方されるだけでした。何かの【菌】に感染したのでは?ということになっていたらしいです。検査もしたようですが、菌は分からず…(当たり前だ!)。

数ヶ月前、同じ団地で原因不明の菌に感染し(と本人が言っていた)、足がパンパンに腫れ上がり、激痛に悩まされ歩行困難になった人がいました。そういうこともあったので、母も『私もそうなのかな?』と思ったようです。

2006年4月上旬

4月に入って、急激に腫れがひどくなってきました。日に日に腫れが大きなり、場所も広がってゆき、あっという間にお岩さん状態になりました。顔がそんな状態なので、美容部員としての仕事もできず、仕事を休んで家にいるようになりました。

原因も分からないし、こうなると眼科ではお手上げになったらしく、皮膚科へ転科しました。しかし、しばらくの間はやはり抗生物質が処方されるだけでした。この時、原因が分からないのなら、なぜもっと突っ込んだ検査を受けなかったのか…と後になって悔やまれます。以前、私が近所に住んでいて毎日のように顔を合わせていた頃なら、きっと『検査してもらったら?』と言っていたと思います。
しかし検査をしないのにも理由があったようです。場所が場所だけに、万が一、目に何か影響があったら…ということらしいです。

2006年4月下旬

そういうことがあって検査が躊躇されていましたが、母の顔はとうとう右顔面全体が腫れ上がり、顔の大きさは2倍くらいになりました。横から見ると、皮膚が盛り上がって、鼻が隠れて見えないような状態でした。ゴールデンウィークに入り、帰省した私は母の顔を見て絶句しました。別人だったのです。

この頃になって、医師の中で悪性腫瘍の疑いが芽生え始めたのではないでしょうか?ついに生検(組織検査)が行われることになりました。23年前に乳癌を患い、手術を受けたことがある母には、この生検がどういうことを意味するのか、よく分かっていたのではないでしょうか?
私はこれで腫れの原因が分かって、早く元の顔に戻ってくれれば…とあまり事態を重く考えてはいませんでした。というより、よく分かっていませんでした。

※生検とは悪性腫瘍が疑われる時には欠かせない検査です。局所麻酔をして細胞を切り取り、培養して調べるものです。

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