はじめに

母の悪性リンパ腫の闘病記録です。管理者は病気に侵された本人ではありません。
娘である私が母を見ていて感じたことなどを記録しているので、実際に母が感じていたこと(副作用の程度など)を言葉で正確に表現することはできません。また私は実家や病院のあるところとは違う他県に住んでいるので、月に1週間程度、帰省している時以外は、母から聞いたことを元に記録してきました。

2006年5月から化学療法5クールと放射線療法を行い、予後不良であった為に10月に自家移植を受け、初発の治療を終え、11月に退院しました。自家移植からわずか2ヶ月後の12月末に再発が確認され、骨髄バンクを介した同種移植を受けることを目標に化学療法を再開しました。2月末、骨髄バンクに患者登録してから、わずか1ヶ月半でドナーを得ることが出来、4月に移植実施の予定でしたが、ドナー側の問題で3月末になり中止が決定しました。

再び移植を受けられる日が来ることを望みながら、ドナーを待ち続けましたが、リンパ腫細胞が勢いを盛り返し、2007年4月に57歳という若さでこの世を去りました。しかし薄れ行く意識の中でも、最後まで完治を信じ、闘い続けました。

母の病気について

病名
悪性リンパ腫 T細胞性鼻型
発症部位
右下目蓋~鼻周辺
病期
ステージⅡ(2006年5月 初発治療開始時点)
発症年齢
56歳

各ページの概要

悪性リンパ腫とは

母の病気が発覚してから、ネットで検索したり、本を読んだり、悪性リンパ腫について情報収集をしました。ここでは悪性リンパ腫という病名を初めて聞いた人にでも、この病気を理解してもらえるような解説を目標にしました。より詳しい専門的な情報が知りたい人は癌専門のウェブサイトなどをご覧ください。

悪性リンパ腫とは?
悪性リンパ腫とはどういう病気なのか?
どんな治療があるの?
悪性リンパ腫で行われる主な治療法
治療で起こる副作用
治療で起こりうる主な副作用

闘病記録

悪性リンパ腫の症状が現れ始めた頃~入院治療の様子を、日記形式で綴っています。

2006年2~4月(発病)
悪性リンパ腫の自覚症状が現れ始めてから、悪性リンパ腫と診断されるまでの話です。
2006年5月(告知)
悪性リンパ腫と診断され、告知~入院するまでの話です。
2006年5月(入院)
化学療法1クール目、2クール目はそれぞれ悪性リンパ腫の標準治療が行われましたが、抵抗性でした。
2006年6月(入院)
放射線療法が併用され、3クール目からは救援療法が行われました。抹消血幹細胞を採取しました。
2006年7月(入院)
化学療法4クール目も救援療法が行われました。初めて輸血を受け、クリーンルームにも入りました。
2006年8月(入院)
化学療法5クール目も救援療法が行われました。放射線が原因と思われる異常が目に現れました。一通りの治療を終え、退院しました。
2006年9月(経過観察)
外来受診をしながら、経過を観察中です。
2006年10月(自家移植)
自家移植を受けるために、再入院しました。
2006年11~12月(退院後)
自家移植が終了し、退院しました。退院後のことです。
2006年12月(再発)
退院後、自宅療養をしていましたが、移植後わずか2ヶ月で再発、再入院。すぐに化学療法が開始されました。
2007年1月(再発)
同種骨髄移植に向けて、骨髄バンクに登録しました。化学療法1クール目で、腫瘤が消失しました。
2007年2月(再発)
化学療法2クール目を終えました。骨髄バンクに登録後、わずか1ヵ月半という短い期間でドナーが見つかりました。
2007年3月(再発)
化学療法3クール目を終えました。4月に同種移植を受ける予定でしたが、ドナー側の問題で中止になりました。再コーディネイトです。
2007年4月(再発)
化学療法3クール目を終えましたが、体力、血液状態とも、なかなか回復が見られないようになってきました。ドナーはまだ見つかりません。
最期の時
骨髄液、肝臓に転移が確認されました。病魔が一気に病勢を盛り返し、母に襲いかかりました。しかし最後まで完治を信じて闘いました。
2007年4月~(母の死後)
母が亡くなってから、1年目の話です。
2008年~2012年(母の死後)
母が亡くなってから、2008年~2012年の話です。

母の闘病日記

母本人が綴った闘病日記です。

はじめに(説明)
母の闘病日記を読んでいただく前に目をお通しください。
2006年2~5月(発病~告知)
母が自分の体の異変に気付き、病名が確定、入院するまでの日記です。
2006年5月(入院)
化学療法1クール、2クールを受けた頃の日記です。
2006年6月(入院)
放射線療法、化学療法3クール、抹消血幹細胞採取をした頃の日記です。
2006年7月(入院)
化学療法4クールを受けた頃の日記です。
2006年8月(入院)
化学療法5クールを受けて、自家移植までの間に一時退院した頃の日記です。
2006年9~12月(移植前後)
自宅療養~自家移植~自家移植を終えて退院した頃の日記です。
2007年1~3月(再発)
再発し、再入院している時の日記です。

病気になって・・・

母の病気をきっかけに、私が感じ、考えたことです。母が病気にならなければ、こんなことを考えることはなかったでしょう。独り言のようなページです。コンテンツは時々増えていきます。

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